序?

 最近のわたしは、外見に対するコンプレックスからか、観られる演劇から逃れつつも、演劇と共にいられるかを考えてきた。演じることの楽しさ。観られる立場にいることの恐ろしさ。恐怖と一緒に感じる高揚感。そして、これらのバランスが崩れ、恐怖が勝ってしまったときに、演劇から観客の見ている目をとっぱらいたい、と考えるようになってしまった。
 しかし、観客を取り除いてしまったら、劇空間は成立しないのではないだろうか?どうしたら、逃げることなく演劇と付き合っていけるだろう。
 まず、暗闇で劇を演じたらどうだろう?と思った。何も見えない真っ暗闇、でも、観客は存在する。そして観てはいるのだ、暗闇を。そしてそこで演者は、視覚的な悩みからは無縁でいられる。背が低くても、ハゲていてもかっこいいヒーローになれる。太っていても、かわいくなくても絶世の美女になれる。…という可能性が生まれる。
しかしそれでは、ラジオドラマなどと変わらないものになってしまうだろうか?いや、生の力、同じ空間を共有する、という違いがあるはずだ。暗闇の中で観客の感覚は、いつも以上に冴え、呼吸や足音までが気になり、想像が広がっていくのではないだろうか?
 
 他の方法として…
  空間作りに演劇を利用するという方法・・
  仮面をつけて演じる・・ルコックメソッド
  人形劇・・パペットの利用
 などについても考えたい。